こんにちは!白石千雅(しらいしちか)です。
大阪もやっと冬らしい寒さになってきました。早いもので師走の足音が聞こえてきます。
昨日、大阪でイベントがあり、現松本市長の菅谷昭(すげのやあきら)さんの講演を聴いてきました。
菅谷さんを知ったのは、NHK「『プロジェクトX』の再放送でした。チェルノブイリ原発事故の医療支援活動に行かれたお医者さまです。
◆支援活動を決意した動機・・・
43歳。ふと立ち止まり「自分の死にかた」を考えたら、このままでは満足には死ねないと思った。。今までの経験を生かして何かできることはないか?と探したら、チェルノブイリで自分の専門分野である甲状腺の医療技術が求められていること知り行こうと決意した。
大学を卒業後、聖路加病院で研修受けた際に掲げた目標が「この人に診てもらえてよかったと思ってもらえる医者になりたい。患者さんの目線での医療」だったそうです。
いまやっている市長としての仕事は、医療現場から行政に場所を移しただけ。
「患者の目線に立った医療」→「市民の目線に立った行政」に代わっただけだと、にこやかにおっしゃっていました。
講演の最後に、子どもたちに先生が講演されたときもらった感想文を読まれました。
どの子どもたちも
「先生のやってこられたことはすばらしいと思います。どうして何の見返りも求めずそんなことができるんですか?」というもの。
極めつけは「どうしてそんなすごい先生が松本市長になったんですか?」
菅谷先生はやさしいユーモアの持ち主でした。講演会場は笑いが何度もおこり、温かい空気に包まれました。
・・・・・・ときどき考えます。朝、会社へ行く途中の交差点で信号が変わりそうになって走りながら、このまま車に轢かれて死んでも後悔しない?」って。
「死に方を考えたら生きかたが見えてきた」
先生のことをもっと詳しく知りたい方は、下記ホームページをご覧ください。
http://www.shinshu-u.ac.jp/intro/2007/08/10.html
<菅谷昭氏 プロフィール>
1943年長野県千曲市稲荷山に生まれる。信州大学医学部卒業後、 聖路加国際病院(東京)にて外科研修。
19711995年 信州大学医学部第2外科学教室に在籍し、197678年 トロント大学(カナダ)へ留学(甲状腺疾患の基礎研究) 、1991年3月より松本市のNGO グループによるチェルノブイリ原発事故の医療支援活動に参加。
1995年12月医学部第2外科を退職し翌年1月、べラルーシ共和国に渡る。5年間におよび小児甲状腺がんの外科治療を中心に、医療支援活動に従事。帰国後、長野県衛生部長を経て、2004年3月松本市長に就任。
<プロジェクトXのあらすじ>
http://www.videx.jp/detail/documentary/v_j_nhkep/jnhk0005_0702/index.htm?ref=pn52851
今日も最後までお読みいただきありがとうございます。寒くなってまいりました。身もこころも温かなぬくもりに包まれますようお祈りしています。