『1Q84』 BOOK1

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保険業、サービス業、建材業のお客様を担当している小原です。

 

2日前に『1Q84』についてブログを書かせてもらいまして、今朝BOOK1を読み終えました。

BOOK1が550頁(全編通じて1050頁)の長編なのですが、一日中読んでいられるくらいのめり込める作品だったので1週間もしないうちに半分まで読めました。

 

ネタバレしないように紹介しますと言っていたのですが、筋わからないように著書紹介をするのはなかなか難しいですね。

話題書だけに慎重にしたいと思います。

 

そんなわけで筋は一切説明せず、主人公の台詞を一部分だけ抜き出し、小説全体が醸し出す雰囲気だけをお伝えします。

それでも適わんという方は下記を読むことはお勧めしません。

 


■『1Q84』BOOK1 p.459

――主人公(天吾)がジョージ・オーウェルの『1984年』について説明している場面


「そう、今年がちょうど一九八四年だ。
未来もいつかは現実になる。
そしてそれはすぐに過去になってしまう。

ジョージ・オーウェルはその小説の中で、未来を全体主義に支配された暗い社会として描いた。
人々はビック・ブラザーという独裁者によって厳しく管理されている。
情報は制限され、歴史は休むことなく書き換えられる。

主人公は役所に勤めて、たしか言葉を書き換える部署で仕事をしているんだ。
新しい歴史が作られると、古い歴史はすべて廃棄される。
それにあわせて言葉も作り替えられ、今ある言葉も意味が変更されていく。

歴史はあまりにも頻繁に書き換えられているために、そのうちに何が真実だか誰にもわからなくなってしまう。
誰が敵で誰が見方なのかわからなくってくる。
そんな話だよ」

 


私が生まれたのが1984年。

大それた言い方ですがこの作品(ジョージ・オーウェルの作品も含めて)運命的なものを感じていました。

 

歴史がどこかで狂ってしまったら、その後の世界は年を追うごとに溝が大きくなり違いが鮮明になってくる。

1Q84年とは実際の1984年と同じような姿かたちをしたどこか違うパラレルワールド(平行世界)のことでした。

私が生まれた年が1Q84年の側だったとしても、境を超えていないので違いがわからないですね。

どうやら運命だったのは1984年に生まれた私ではなく、1984年を生きていた人たちの様です。

残念。

 

BOOK1でわかるのはぼんやりした世界観が徐々に鮮明になってくるところまでです。

BOOK2に向けての期待感が高まっている段階です。

 

BOOK2も読み終えたらまた気になる箇所をご紹介したいと思います。